はじめに
抜歯での矯正のやり直しで矯正相談に来られる方がいます。そういう方とお話をするたびに思うのは、「歯を抜く前に相談に来てほしかった!!」ということです。
歯を抜いてから、抜かない矯正の治療方法で再び矯正をしてもメリットが少なくなってしまいます。
だからこそ、歯を抜いて矯正治療を始める前に知っておいてほしいことを書いていきます。
1、歯を抜く矯正と歯を抜かない矯正の違い
ある患者さんは、矯正治療の相談に行き、ある歯科医院では「小臼歯を抜いて矯正しましょう!」と言われ、他の歯科医院では「大切な歯は抜かずに矯正しましょう!」と言われ、どちらを信じていいのか困ってしまったと言われます。
歯を抜いてする矯正治療と、歯を抜かずにする矯正治療方法の違いは、簡単に言ってしまえば、歯列を小さくするか大きくするかの違いです。
歯並びの悪い人は、往々にして歯列がV字型になっています。そこで歯を抜いて歯列を小さいV字型に並び替えるか、歯を抜かずに大きいU字型に並び替えるか、という二つの方法が出てきます。
デコボコした前歯をきれいに並べるには、途中の小臼歯を抜いて並べていけばいいと考えるか、奥歯を側方や後方に動かして大きいカーブの中に歯を並べていけば歯列はきれいに並ぶと考えるかの違いなのです。
従来の治療方法では、奥歯を後方に動かすことはできないか、あるいはとても難しいことだと考えられていたので、真ん中の歯を抜いて小さいV字型にする方法をとっていました。
近年では、なるべく小臼歯を抜かないで大きいU字型にする治療方法が脚光を浴びています。
Ⅴ字型歯列弓
U字型歯列弓
2、歯列が小さくなるデメリット
では、歯列が小さくなるといったいどんな困ったことがあるのでしょうか?
歯を抜いて矯正し、歯の並ぶカーブが小さくなっても「見た目がきれいなら問題ない」と考える人もあるかもしれませんが、そこには大きな問題が出てくるのです。
歯列が小さくなるデメリットには、下顎の安定する位置が後方に下がることによって、舌の置く位置も後方に下げられてしまうということがあります。
舌が後退すると、気道も狭くなり、鼻への空気の通りが悪くなり、口呼吸やいびきの原因にもなります。
最近注目されている睡眠時無呼吸症候群やいびきの原因も、舌の後退によるところが多く、いびきの治療方法として専用のマウスピースがあるぐらい、舌の後退と気道の閉鎖はとても関係が深いのです。
そもそも、奥歯は舌の圧力と頬筋の圧力とでバランスの取れた位置に安定するようになっています。
このことは、自分の歯だけでなく総入れ歯においても言えることで、入れ歯をつくる際に小さい歯列の形態で作ってしまうと、舌圧と頬筋の圧力のバランスが悪い位置に人工の歯が並んでしまいます。
そうなると、頬側に食べかすがよく詰まったり、入れ歯がパカパカして、安定の悪い入れ歯になってしまいます。
同様に、矯正治療においても、舌圧と頬筋の圧力のバランスの取れた位置に歯を並べることが理想です。
3、抜かない矯正は、なぜ矯正の治療期間が短いのか
他の医院で矯正治療に2~3年はかかると言われた患者さんでも、当クリニックの矯正治療は、ほとんどの患者さんが一年前後で治療を終了しています(部分矯正の場合は約6カ月)。
なぜ、当クリニックではそんなに早く治療が終わるのでしょうか?
その理由はいくつかありますが、最大の理由は、歯を抜かないで矯正治療を行うことにあります。
歯を平行に動かす歯体移動の場合、教科書的には矯正治療は1ヵ月で1ミリ動かすように言われています。
一方、歯を抜かずに行う矯正治療では、歯を抜かずに歯を動かす方向を後方や側方に傾斜移動させます。
この歯の移動方法の違いで治療期間に大きな差が出ます。
一般的に歯体移動の場合には、傾斜移動に比べてどうしても治療期間が長くなってきます。
歯を抜いて行う矯正で傾斜移動したのでは、噛み合わせが無茶苦茶になってしまうために、歯を抜いた場合には細心の注意を払いながら歯体移動します。
したがって、歯を抜かないで傾斜移動を多用する治療方法であれば、治療期間が短縮できるのです。
歯体移動と傾斜移動の違い
歯体移動
傾斜移動
それでも、他の歯科医院では歯を抜かないで矯正すると言われたのに、やはり治療期間が2~3年かかると言われた患者さんもいます。
それは、歯を抜かないで矯正する歯科医師がすべて同じ治療方法をするわけではないということです。
逆に、歯を抜いて矯正治療する歯科医師がすべて同じレベルの治療をするわけではないということも言えます。
歯を抜くか抜かないかで矯正治療のレベルを2分することはとてもナンセンスなことであり、歯を抜いてもいい治療をする歯科医もいれば、歯を抜かなくても低いレベルの治療しかできない歯科医もいるのです。
矯正治療では、噛み合わせのゴールについての考え方もいろいろあれば、使用するワイヤーにもいろいろあります。
歯の動かし方もいろいろあり、同じように歯を抜かないで矯正治療しても、治療期間にも自然と差が出てきます。
とくに噛み合わせのゴールに対する考え方がしっかりしていないと、治療期間はどうしても長引いてしまいます。
当クリニックでは、5,000人を超える治療結果に基づいて噛み合わせに対するゴールをしっかりさせています。
無駄なくゴールに到着できれば、治療期間も最短で終了できるのです。
矯正治療は力の引っ張り合いで、どこかに力をかければ、その作用と反対の反作用が働きます。
どこかが動けばその反対の力も働き合い、その結果、思わぬ方向に歯が動くこともありますが、治療経験が豊富であれば、寄り道をしないで一直線でゴールに向かって進めるので、その結果、治療期間も短縮できます。
4、治療結果は全員違う
矯正治療後の見た目の感じは、だれ一人として同じ結果ではありません。
模型のようにどこから見てもきれいな人もいれば、どうしてもどこか気になる箇所がある人もいます。
しかし、これはどんな矯正方法で治療したとしても、どうしても避けられないことなのです。
患者さんからすると、同じように歯を動かすのに、どうして個人差があるのかなかなか理解できないでしょう。
その理由としては、歯と顎の大きさには個人差があり、また口のまわりの筋肉の運動が絡んできますので、各々の顔が違うのと同じように治療後に全員が同じ見た目になることはありません。
簡単に言ってしまうと、100人の患者さんの歯並びが100通りすべて違って見えることと同じで、治療をすれば100人とも治療結果は違ってきます。
たとえば、奥歯の小さい人は噛み合わせの高さの確保にも限界がありますし、逆に、歯が大きすぎる人は自然と歯列のカーブも大きくなってきます。
そして、奥歯の噛み合わせの微妙な関係で、前歯の傾きも微妙に違ってくるのです。
もちろん、ほかの人が見ておかしな歯並びで治療が終了することは絶対にありませんが、歯並び自体はきれいに並んでいても、プロの目から見るとどこか見た目の外見が微妙に平均的なイメージと違ったりすることはあるのです。
そんなときに、もう少し歯が大きかったらよりきれいに並ぶのにとか、もう少し顎の骨がしっかりしていて、骨が十分あれば大きな歯列をつくることができてよかったのにとか、ガミーフェースでなければ……とか歯科医としてはどうしても完璧な結果を求めてしまいます。
ないものねだりとはわかっていても、どこか引っかかるところがあると、患者さんの満足度とは裏腹に、治療結果に100%の満足がいかないことがあるのです。
美容整形治療にたとえて考えられるとわかりやすいですが、同じように目を二重にして、鼻を高くして、肌をきれいにして、顔のすべてのパーツを同じように治療したとしても、治療後の顔はすべて違ってきます。
それは、1人1人の骨格も違えば、目、鼻、口など全体とのバランスも関係してきますから、1つ1つのパーツはいいのに全体的にはバランスがとれていないということもありえます。
矯正治療においても、歯の大きさ、顎の骨の厚み、口唇や鼻との関係など、いろいろな要素がからんで美しい口元になってくるのです。
ですから、矯正治療に必要以上に過度の期待をする患者さんは、歯を動かすだけでは不可能なことまでを矯正治療に期待して、歯並びがいくらきれいになっても、自分のイメージと違うことでトラブルになる可能性があるのです。
たとえば、小顔になりたいとか、えらが張っているのを治したいとか、骨格的なことを期待して矯正治療を開始しても、矯正治療後に期待した結果が得られません。
こうしたトラブルを避けるためには、治療前に歯科医師と治療に期待していることを十分に話し合い、治療でできることと、できないことをはっきりさせてから治療に取りかかるべきです。
☆まとめ
いかがでしたでしょうか?
歯列弓の大きさや、睡眠時無呼吸症候群などと矯正治療が関係しているということを考えている方はほとんどいらっしゃらなかったのではないでしょうか?!
横顔(Eライン)を改善したくて口元を入れたいのであれば、抜歯矯正も仕方ありませんが、そうでない方にとっては、抜歯矯正よりも歯を抜かない矯正の方がメリットが多いのです。
いずれの治療方法を選択するにしろ、それぞれのメリットとデメリットを十分に理解されたうえで決断することをお勧めいたします。